今回の旅程は4泊5日。初日の大阪観光とその後の万博を経てやってきたのは新緑の古都・京都。2日間の万博ダイエット(※観覧)後、疲れ果てていたわたくしは大阪から京都への移動でさらに疲れ果て今朝はいい時間まで爆睡笑。そそくさと起床し足早に宿を後にして赤塗りの洒落乙な電車に乗り込みました。

桂駅で京都線から嵐山線に乗り換えてやってきたのは阪急嵐山駅。京都っぽい造りで画になります。阪急の車両も外観はレトロな観光列車みたいで良いですね。内装も東京メトロや中央線・山手線のようなロングシートオンリーでは無く、ほとんどがグリーン車ボックス席のような座席で良い意味で少しカルチャーショックを受けました。

桂川を中ノ島橋から望む。中ノ島橋は時代劇によく登場する小さな橋です。新緑も爽やかで良いですが紅葉時期も綺麗そうなのでまた訪れたい場所です。

中ノ島地区から見る桂川に架かる渡月橋。その奥に見える山は嵐山亀山公園です。桂川をさらに上流へ向かうと保津峡があります。

ちなみにこの川、現代では桂川という表記や呼称で統一されていますが親注には大堰川と彫られています。これは渡月橋を境に川の呼称が異なるそうで渡月橋より上流を大堰川、下流を桂川と呼ぶのだそう。これとは別に上中流域の特定地域でも呼称が異なるそうです。

平安時代に架けられたとされている渡月橋ですが1つ前の奈良時代にはすでに架けられていたという説も。現在の橋は鉄筋コンクリート造りで昭和9年に完成。高欄は木材で歩道は石畳です。風情があります。

渡月橋を渡りそのまま北へ向かうと京都っぽい建物が見えてきます。こちらは京福電気鉄道の嵐山本線嵐山駅。通称嵐電嵐山駅です!ずっと「あらでん」って思ってましたが「らんでん」です!笑

嵐電嵐山駅のほぼ向かいにある天龍寺は平成6年に「古都京都の文化財」の1つとして世界文化遺産に登録されました。「古都京都の文化財」は17の神社・寺院・城から成り他には上賀茂神社や清水寺、二条城などがあります。

敷地内にいくつかある小規模な寺院・塔頭の1つである永明院。つつじが綺麗に咲いていました。

天龍寺小方丈から見る国指定の史跡・特別名勝の曹源池庭園。曹源池庭園は作庭家の夢窓疎石が作った回遊式庭園で日本庭園の中でも最高傑作の1つだそう。夢窓疎石は後醍醐天皇や足利尊氏の信頼が厚かった禅僧として名高いです。

小方丈から多宝殿へと続く渡り廊下。こちらからも美しい庭園が見渡せます。

天龍寺大方丈から見る曹源池庭園。天龍寺は京都五山の第一位で足利尊氏が後醍醐天皇の菩堤を弔うために創建され夢窓疎石が開山しました。当時、室町時代に武家に支持されていたのが臨済宗だった為、幕府は臨済宗を保護して双方は密接な関わりを持っていた…要するに武士の推しだったって事ですね。

京都五山の各寺は幕府の保護を受ける代わりに幕府の仕事を請け負ったり財政支援をしていました。この仕組みが五山十刹の制。京都五山の第一位というのは寺をランク付けしていたもので簡単にいうと関係が深い順。ちなみに第一位の上には別格の南禅寺があり天皇家との関わりが深い寺院です。

法堂の天井に描かれた天井画雲龍図を観るには別途、参拝料が必要です。日本画家の加山又造の作との事。見上げると壮大な画に圧倒されました。ちなみに法堂内は撮影禁止の為、残念ながら写真は無しです泣

宝厳院の向かいには嵐山羅漢が数多く並んでいます。羅漢とは悟りを開いた高僧や聖者という意味です。石仏像だけでなく守護役の霊獣や神獣もありこの多くは阪神淡路大震災の犠牲者供養の為に全国から寄せられました。その後も個人や企業から奉納されてきたそう。

カメラ目線をいただきました…お邪魔してます(^^;ゞ

新緑の茂る嵐峡から。近くに保津川下りの着船場があります。保津川下りとは亀岡からここ嵯峨嵐山までの約16kmを2時間程かけて下る船旅です。今回は時間が無くて体験できずでしたが次回は必ず…!!

嵐山公園亀山地区こと通称亀山公園。ここには鎌倉時代の歴代3天皇の火葬塚があります。火葬塚は宮内庁管理で当然立ち入り禁止です。観光客が多い嵐山ですがここは静かな時が流れていました。

あてもなく石段を登りとりあえず上を目指します。

亀山公園の頂上には展望台があり絶景が広がっていました( ゚д゚)ウ,,,ウツクシイ

頂上展望台で少し休憩した後にやってきたのはこちら!京都・嵐山といえばこの場所「竹林の小径」。平安時代は貴族の別荘地だったといわれています。訪問したのはちょうどお昼頃だったでしょうか。外国人観光客が前から後ろからひしめき合っていました笑

パラパラと小粒の雨が降り始めた嵐山を後にしやってきたのは数多くの国宝が所蔵され本堂自体も国宝の三十三間堂。堂内陣の柱間が33本ある事から三十三間堂と呼ばれていますが正式名称は蓮華王院本堂で妙法院が所有管理をしています。

戦後の古くから国宝指定を受けている千住観音坐像、本堂、風神雷神像、二十八部衆立像に加えて2018年には1,001躯の千手観音像立像が国宝指定されました。堂内は撮影禁止ですがこれらの仏像が並ぶ内部は荘厳で一度は行っておきたい場所です。

こちらの美しい庭園は東庭池泉回遊式庭園です。三十三間堂は後白河上皇が平清盛に資材協力を命じて完成させました。平清盛好きとしては感慨深い場所でした。

ちなみに三十三間堂でひいたおみくじは大吉。内容は「このみくじにあう人は、春になって花咲き緑深くなるように今まで苦しい思いをした人も、今より立身出世が目前にある」とな。φ(・ω・ )フム

大吉を引き気分は良好。しかしながら空は暗く雨が激しくなったかと思うと突然やんだり。そんな中でも三十三間堂から清水寺へは徒歩で茶わん坂を通って行きました。

清水寺は奈良時代末期に延鎮が開山しその後に坂上田村麻呂が仏殿を創建しました。現在の建物のほとんどは江戸幕府の第3代将軍徳川家光が寄進し建立されたもので、前述の天龍寺と同じく「古都京都の文化財」の1つとして世界文化遺産に登録されています。茶わん坂の先を行くと入口が見えてきました。人混みは不得意なもので…ちょいと裏手からお邪魔いたします。

重要文化財の西門。文化財保護の為なのか見てのとおり門へと続く階段は立ち入る事ができず門をくぐる事もできません。ちなみに勅旨を伝える為の使者のみが通れた門として勅使門と呼ばれていたそう。左右の階段から登る事ができ西門の裏手に出る事ができます。そこから観る夕焼けに染まる京都は絶景です。

もうおみくじ狂に足を踏み入れているわたくしは清水寺でもひかせていただきます笑 するとまた大吉!喜んで内容を確認するとなんと三十三間堂と同じでした。φ(・ω・ )フム

こちらは奥の院から見た国宝の清水寺本堂で俗に言う清水の舞台です。崖の上に建てられせり出した舞台では、古くから日本の伝統芸能である能や狂言、雅楽や歌舞伎、そして相撲などが奉納されてきました。年に数回、特定の期間に夜間ライトアップを行っていますが通常期でも十分見ごたえがあり今回は緑の美しさが印象的でした。

だいぶ雨が強くなってきました。今日はここらあたりで帰るとしましょうか。

次回、大阪・京都 ~⑥新緑の京都・鞍馬寺と貴船神社、伏見稲荷大社~へ続く
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